子どもの権利をベースとした学校づくり

「学校に行けないだけで死を選ぶほど追い詰められるような社会を変えたい、日本の公教育をなんとかしたい」という西野博之さんの呼びかけに、たくさんの人が川崎に集まり、8/16,17の2日間、それはそれは熱い想いを語り合いました。

以下、学んだことを箇条書きにします。

公教育を「子どもの権利」をベースとしたものに変えて行く必要がある。

管理主義、一斉主義、評価主義が、これまで正しいとされていた中で、その中で頑張って来た教員と対立するのではなく、対話していく必要がある。

ゆとり、余白が、大人にも子どもにも必要。

川崎は最初に子どもの権利条例を作ったが、まちづくり(社会教育)ベースで作られ、学校教育には入り込み切れなかった。

本巣市の権利条例は、子どもを中心に据え、学校教育をベースに作られた点で画期的。

子どもの権利と言うとアレルギー反応が出るから、権利を愛情に置き換え、理論ではなく、感情に訴えると伝わりやすい。(西郷先生談)

などなど。

大人であろうが、子どもであろうが、自分を大切にし、お互いを尊重し合える社会を作っていくためには、

学校がそういう場である必要がある。

しかし、今、学校は、子どもが大人の言うことを聞かなければならない場になっていないだろうか。

かと言って、逆(大人が子どもの言うことを聞く場)にしたい訳でもない。

大人も子どもも、お互いを尊重し合えるようにしていく必要があると私は思っている。

普段は、勝手に孤軍奮闘をしている気持ちになることが多いのだが、

仲間はたくさんいる、実は地元にも仲間はいる、ということに改めて気づくことが出来た。

地元で対話の場を作っていこうと思う。

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